宮崎地方裁判所延岡支部 昭和47年(ワ)84号 判決 1974年3月01日
主文
一 被告らは各自、原告菊池ハルミに対し金九六八、六四三円、同菊池宗隆、同菊池節子、同菊池忠雄、同菊池茂に対し各金二七二、三二一円と右各金員に対する昭和四六年三月二日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
事実
第一請求の趣旨
一 被告らは各自、原告ハルミに対し金一、九八〇、〇〇〇円、その余の原告らに対し各金五〇五、〇〇〇円、及び右各金員に対する昭和四六年三月二日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
第二請求の趣旨に対する答弁
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
第三請求原因
一 (事故の発生)
訴外亡菊池時宗は次の交通事故によつて死亡した。
(一) 発生日時 昭和四六年三月一日午前六時ころ
(二) 発生場所 延岡市昭和町二丁目一五番地先交差点
(三) 加害車 普通貨物自動車
運転者 被告大田原
(四) 被害車 自転車
運転者 亡時宗
被害者 亡時宗
(五) 態様 亡時宗は本件交差点を西(幸町方面)から東(川原崎方面)に向け自転車に乗つて進行していたところ北(中之瀬町方面)から南(昭和町方面)に向け進行してきた被告大田原運転の加害車に衝突せられ、死亡した。
二 (責任原因)
(一) 被告有限会社椎青果(以下被告会社という)は加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから自賠法三条の責任並びに被告会社は被告大田原を使用し、同被告が被告会社の業務を執行中後記(二)のような過失によつて本件事故を発生させたのであるから民法七一五条による責任。
(二) 被告大田原は事故発生につき、次のような過失があつたから不法行為者として民法七〇九条による責任。
すなわち、同被告は本件交差点が見透しのきく交通整理の行われていない交差点であるのに、約三〇〇メートル先の信号機の点滅にのみ気をとられ、時速五五キロメートルで漫然と前方不注視のまま本件交差点に侵入したため、既に同交差点に侵入し、横断し終わろうとしている被害車に衝突したものである。
三 (損害)
(一) 亡時宗に生じた損害
(1) 亡時宗の逸失利益 三、九六五、二四一円(但し、左記計算の基礎事実に基づき当裁判所が試算するとこの金額より多額となるが原告の主張した金額を掲げる。)
(死亡時)六一歳
(推定余命)一四・五年(平均余命表による)
(稼働可能年数)七・二年
(収益)一年間一、二四四、八六八円(左記農業収入と養豚収入の合計)
(控除すべき生活費)四八〇、〇〇〇円
(純利益)七六四、八六八円
(年五分の中間利息控除)ホフマン式計算(係数六・五八九)
記
(イ) 農業収入(耕作面積五〇アール、昭和四五年二月一日から同四六年一月三一日までの一年間の実収入)八一七、五〇〇円(生産収入)八九一、〇〇〇円
(1) 早出馬鈴薯七、五〇〇キログラム 三七五、〇〇〇円
(2) かんらん二、〇〇〇キログラム 六〇、〇〇〇円
(3) 大根二八〇キログラム(漬物加工)四二、〇〇〇円
(4) 中物甘藷八、〇〇〇キログラム 四〇〇、〇〇〇円
(5) 里いも四〇キログラム 四、〇〇〇円
(6) 小豆、青枝豆、キユウリ、なす、南ばん等 一〇、〇〇〇円
(生産経費)七三、五〇〇円
(1) 化学肥料購入代(二〇俵) 一四、〇〇〇円
(2) 種じやがいも等購入代(一〇俵) 一二、五〇〇円
(3) 畑地代 八、〇〇〇円
(4) 原告ハルミの補助労働の労働賃金(年間三五日) 三五、〇〇〇円
(5) その他諸経費 四、〇〇〇円
右生産収入から生産経費を控除した額が右八一七、五〇〇円である。
(ロ) 養豚収入(右期間一年間の実収入)四二七、三六八円
(売上額)二、二三二、四三五円(右期間一年間の成豚一一六頭の市場売上代金から市場手数料を控除した額である。)
(経費)一、八〇五、〇六七円
(1) 小豚一一六頭の購入代金及び市場手数料 一、一三七、一三八円
(2) 飼料代 六六七、九二九円
右売上額から経費を控除した額が右四二七、三六八円である。
(2) 亡時宗の慰謝料 三、〇〇〇、〇〇〇円
(二) 原告らは亡時宗の相続人の全部である。よつて相続分に応じ原告ハルミは配偶者としてその三分の一に相当する金二、三二一、九四七円、原告宗隆、同節子、同忠雄、同茂は子として各六分の一に相当する金一、一六〇、八七三円宛につき亡時宗の右賠償請求権を相続した。
(三) 原告らの固有の慰謝料 合計五、〇〇〇、〇〇〇円
原告ハルミ 三、〇〇〇、〇〇〇円
その余の原告ら 各五〇〇、〇〇〇円
(四) 原告ハルミの負担した治療費 一六、〇六八円
亡時宗は本件事故後病院に収容され手当も及ばず死亡するに至つたのであるが、右手当、処置に関する費用として右金額を出捐した。
(五) 原告ハルミの負担した葬儀関係費 二七四、五三八円
(六) 損害の填補 五、〇一六、〇六八円
原告らは自賠責保険から本件事故による損害に対し右金額の保険金の支払いを受けた。
(七) 原告ハルミの負担した弁護士費用 二〇〇、〇〇〇円
(八) 原告ハルミの物的損害 八、〇〇〇円
本件事故により原告ハルミ所有の中古自転車一台が損壊したので右金額相当の損害を受けた。
四 (結論)
よつて、被告らに対し原告ハルミはその内金一、九八〇、〇〇〇円を、その余の原告らはそれぞれの内金五〇五、〇〇〇円及び右各金員に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四六年三月二日から各支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める。
第四請求原因に対する被告らの認否
第一項の(一)ないし(五)は認める。
第二項の(一)は認める。(二)は争う。
第三項の(一)ないし(五)、(七)、(八)は不知。(六)は認める。但し(二)のうち原告らの亡時宗との身分関係は認める。
第五被告らの過失相殺の主張
本件事故現場は幅員一二メートルの国道一〇号線と幅員約七メートルの市道とが略直角に交差する交差点で、信号機の設置はなく、交通整理も行われてなく、又西側市道は道路工事のため車両の通行は禁止されていた。
被告大田原は加害車を運転し国道一〇号線を時速約五五キロメートルで南進し本件交差点にさしかかつたところ、自車の右方市道(西側)から出てきて自車直前を自転車に乗つて横切ろうとする亡時宗を発見し、急制動の措置をとつたが間に合わず衝突した。事故発生時は早朝で薄暗く、しかも降雨中で、亡時宗は黒色の上下雨具を着用していたため発見が遅れたものであるが、亡時宗においても狭い市道から幹線国道へ進入するに際しては一旦停車し、左右の安全を確認すべき義務があり、又国道上を進行してくる自動車には先ず進路を譲るべき義務があつたのに、これを怠り漫然と横断を開始し、折りから進行してくる被告大田原運転の加害車に全く気付かずその直前を横断した過失がある。
そして被告大田原と亡時宗の過失割合は六対四とみるのが相当であり損害額算定につき右割合によつてこれを斟酌すべきである。
第六被告らの主張に対する原告らの認否
過失相殺の主張事実は否認する。
第七証拠〔略〕
理由
一 (事故の発生)
本件事故の発生に関する請求原因一の(一)ないし(五)の事実は当事者間に争いがない。
二 (責任原因)
(一) 被告らの責任原因に関する請求原因二の(一)の事実は当事者間に争いがない。
(二) そこで被告大田原の過失の有無について判断する。〔証拠略〕を総合すると、被告大田原は加害車を運転して時速約五五キロメートルで国道一〇号線を南進し、本件交差点にさしかかつたのであるが、本件交差点に自転車に乗つて東進して侵入してくる亡時宗に全く気づかず、本件交差点の南約二五〇メートル先の延岡市昭和町一丁目宮崎ガス前先交差点の信号機の信号にのみ気をとられ漫然と同一速度で本件交差点に侵入したため、本件交差点内で加害車を亡時宗に衝突させたこと、そして衝突してはじめて加害車を何かに衝突させたと気づいたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。してみると被告大田原に前方不注視の過失があつたこと明らかである。
(三) 次に被告らの過失相殺の主張について判断する。〔証拠略〕を総合すると、本件交差点は幅員一二メートルの国道一〇号線と市道(幸町方面(西)へは幅員九メートル、川原崎町方面(東)へは幅員約七メートルとなつており、本件交差点をはさんで市道は川原崎町方面に向つて狭くなる。)とが直角に交差している信号機のない交差点で見透しはよいこと、亡時宗が進行してきたと推認できる幸町方面への市道は本件事故当時道路工事中で車両通行禁止となつており通行止の標識も設置されていたが北側約三メートル間隔があいていたこと、本件事故当時は早朝で、かつ降雨中で薄暗かつたこと、加害車は前照灯をつけていたが、亡時宗運転の自転車は無灯火であつたと推認でき、かつ亡時宗は黒色の雨具上下を着用していたこと、本件衝突地点は本件交差点内の加害車の進路通行帯の中央附近であることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。ところで亡時宗がどのような態様で本件交差点に侵入してきたのかは前記(二)で認定したとおり被告大田原において衝突時まで亡時宗を全然確認していなかつたため一義的に明確ではないが、亡時宗においても前照灯をつけて進行してくる加害車は本件交差点の手前で容易に確認しうる状況にあつたといつてさまたげないと考えられるところ、本件交差点は信号機の設置がなく交通整理の行われていないものというべきであるから亡時宗としては明らかに広い国道一〇号線を進行してきた被告大田原の加害車の進行を妨げてはならない注意義務があつたのにこれを怠つた過失があるというべきである。そして、以上認定の事実に被告大田原の過失の態様、程度、さらには加害車と被害車の車種の相違等を総合勘案すると被告大田原と亡時宗の間の過失割合は八対二と認めるのが相当である。
三 (損害)
(一) 亡時宗に生じた損害
(1) 亡時宗の逸失利益
〔証拠略〕を総合すると、亡時宗は明治四二年六月一五日生まれで本件事故当時六一歳であつたことが認められ、他に特段の反証のない本件にあつては、亡時宗はなお七・二年間は稼働可能であつたと認められ、又亡時宗は生前五〇アールの畑に馬鈴薯、甘藷、甘らん、大根、その他の野菜類を耕作し、それらを市場に出荷していたこと、又養豚も右畑内において営んでいたことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
ところで亡時宗の農業収入については、本件全証拠によるも、右畑作による各野菜の作付面積、生産量、出荷量の的確な数値を認定することができない。〔証拠略〕によるも亡時宗は単身右畑作、養豚経営をなし、妻である原告ハルミもその実体を正確に把握できず、その実体を推測して述べるにすぎず、結局亡時宗の農業収入の実額の認定は不可能であるといわざるをえない。
そこで、〔証拠略〕により認められる昭和四五年度の宮崎県の平均農家の農業所得(経営耕地面積五〇アールとすると少なくとも二三〇、〇〇〇円を下らないと認められる)、〔証拠略〕によれば、亡時宗は毎月原告ハルミに生活費として約五〇、〇〇〇円を渡していたこと、亡時宗は年金を一九〇、〇〇〇円受給していたことが認められること、その他後記認定の養豚収入額等を総合して判断すると、亡時宗の農業収入は一年間三〇〇、〇〇〇円を挙げていたと認めるのが相当である。
次に養豚収入について検討すると、〔証拠略〕を総合すると、亡時宗は昭和四五年二月一日から同四六年一月三一日までの一年間成豚一一六頭を市場に出荷し、二、二三二、四三五円の売上額があり、経費として小豚一一六頭の購入代金等一、一三七、一三八円及び飼料代として七〇四、五一〇円を要したことが認められるので結局養豚収入としては三九〇、七八七円が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない(原告らは本件事故当時飼料五二俵残存していた旨主張するも本件全証拠によるも認められない。)
よつて、亡時宗の一年間の収益は右農業収入と養豚収入の合計六九〇、七八七円と認めるのが相当である。
そして亡時宗の生活費は右の二分の一程度とみるのが相当であるから結局亡時宗の一年間の純利益は三五〇、〇〇〇円とみるのが相当である。
従つて以上に基づき亡時宗の逸失利益をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して右死亡時における現価に換算すれば次の算式どおり二、三〇六、一五〇円となる。
350,000円×6.589=2,306,150円
そこで、前記過失割合を斟酌すると、被告らの賠償すべき金額はそのうち一、八五〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。
(2) 亡時宗の慰謝料
前記認定の諸事情、並びに本件にあらわれた諸般の事情を斟酌し亡時宗の精神的苦痛を慰謝すべき金額は三、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。
そこで、前記過失割合をもつて斟酌すると被告らの賠償すべき金額はそのうち二、四〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。
(二) 原告ハルミが亡時宗の妻、その余の原告らが子であることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば右原告ら以外には相続人がいないことが認められるから、原告ハルミは右(一)の(1)、(2)の合計四、二五〇、〇〇〇円の三分の一に当る一、四一六、六六六円をその余の原告らは各六分の一に当る七〇八、三三三円宛をそれぞれ相続したことになる。
(三) 原告らの固有の慰謝料
前記認定の諸事情、及び原告らの身分関係、年令、その他本件にあらわれた諸般の事情を斟酌すれば原告らの精神的苦痛を慰謝すべき金額は、原告ハルミ八〇〇、〇〇〇円、その余の原告らに各四〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。
(四) 原告ハルミの負担した治療費は本件全証拠によるも認められない。
(五) 原告ハルミの負担した葬儀関係費
〔証拠略〕によれば原告ハルミは妻として亡時宗の事故死のため、葬式費用並びに回向料、戒名料その他諸雑費に原告ハルミ主張の二七四、五三八円の出費を余儀なくされたと認められるが、前記過失割合に鑑み、被告らに賠償せしめる金額は二二〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。
(六) 損害の填補
原告らが自賠責保険金五、〇一六、〇六八円を受領したことは当事者間に争いがないからこれを各自の損害額から控除する(原告らの各相続分に応じて控除する。)
(七) 原告ハルミの負担した弁護士費用
〔証拠略〕によれば、原告らは原告ら訴訟代理人に本訴の追行を委任し、原告ハルミにおいて二〇〇、〇〇〇円を支払う旨約したと認められ、右認容額、訴訟経過、その他本件にあらわれた諸般の諸事情を考慮し、被告らに賠償させるべき金額は右二〇〇、〇〇〇円をもつて相当とする。
(八) 原告ハルミの物的損害
前記認定したところにより本件事故により亡時宗の運転していた自転車が損壊したと認められ、〔証拠略〕によれば右自転車の事故当時の現価は少なくとも四、〇〇〇円を下らなかつたと認めるのが相当であるから、被告らに賠償させるべき金額は四、〇〇〇円を相当とする。
四 (結論)
よつて、被告らは各自、原告ハルミに対し九六八、六四三円、その余の原告らに対し各二七二、三二一円及び右各金員に対する昭和四六年三月二日から各支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、右の限度で原告らの本訴請求を認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小川克介)